2011年12月21日

【ここらあで謎解きぃゆうのはどうどっしゃろ?】 第一回:繁華街の賑わいを割って立つミステリアスな寺 (後編)

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立地も居ずまいもアブノーマル!祇園四条の<メヤミ地蔵>?

さて、繁華街に突如現れた(ちゅうげんじ)。
なぜにこのようなところで堂々としているのか、来歴の気になるところである。

門前の建石には「めやみ地蔵尊」を祀るとある。
そこで、お参りもそこそこに本尊をお目にかかろうと堂内をのぞいた。
実はこれまでこの寺には日中にしか訪れたことがなく、
昼間だと光線の具合でお像がよく見えないため、今日までその正体を確認できずにいた。

しかし学習能力こそ人間の妙なる才。
決着をつけるべく日没後に訪れると、堂内に電燈が点り、
それはそれは立派な全体像を鮮明に拝見することができた。

特にその目がすごい。気圧されるまでの眼力である。
さてこの「めやみ地蔵」、問題の<仲源寺が脈絡なく繁華街に出現する謎>を解く鍵となるのか。

境内を見回すと、さっそく有力なてがかりを見つけた。
本堂に提がる提灯に「目疾地蔵尊」の文字がある。なるほど!そうか!
「めやみ地蔵」は「目疾地蔵」だったのである。

疾は病(やまい)に同じであるので、おおかた予測のつくところこの像は目の神様であり、
参拝すれば目の病気回復にご利益があるとかそういう因縁に違いない・・・。
ひきつづき境内を散策していると、今更だが門前に立て札を確認した。
そこには次のような説明書があった。

「寺と地蔵菩薩の名の由来は、安貞二年の鴨川氾濫時に、
 勢多判官中原為兼(せたのはんがん・なかはらためかね)が、
 防鴨河使(ぼうかし)になった際、この地蔵菩薩が溺れ人を救う姿を見、
 それ以降地蔵菩薩を<雨止(あめやみ)地蔵>と称し、
 <中原>の傍らに人と水を添えて寺名としたことによる。
 その後、信仰深い老夫婦の眼病を自らの右目に移し、苦しみを救ったという逸話から、
 いつしか<目疾地蔵>になり、現在も眼病治療に霊験があるとして広く信仰を集めている。」
(一部)

高札ひとつにこうまで簡潔に説明されてしまうと、
このレポートの存在意義がいよいよ危ぶまれるのだが、しかたがない。

検証をつづけよう。
札によると、先のお地蔵様は在りし日の鴨川氾濫時に溺れる人々を救い、
それを見た役人の中原さんが<雨止地蔵>と命名。

その後、信仰深い老夫婦を眼病の苦しみから救ったとの逸話から、いつしか<目疾地蔵>になり、
現在も眼病治療に霊験があるとして広く信仰を集めている、とのことである。

やはり眼病治療・・・。
目のつけどころは悪くなかったが、
どうやら元は<雨止地蔵>であったという事実を間に挟んでいたようだ。

これは予想だにしなかった。
それに、<人命救助→雨止地蔵と命名>の因果がピンとこない。
しかし自らの名字に人(にんべん)と水(さんずい)を添えて
<中原>を<仲源>と改めて寺名としたとの部分は洒脱な由来である。
なんというか、この役人にはスキがない。

おもしろい新事実がつぎつぎと出てきたのだが、
本題の「なぜこんな雑踏のなかに寺があるのか」という疑問については応えていない。
これはさらなる調査が必要である。

翌日、図書館にてピースを一片ずつそろえる作業におわれた。


暴れ川vs治水神

いくつかの文献によると、その昔、鴨川は暴れ川として名を馳せていたようである。

鴨川ばかりが荒れていたわけではないであろうが、
天下の大都のそばを流れていれば、氾濫の際に被害が目立って当然だろう。

平安時代、こういった氾濫に際して
防鴨河使(ぼうかし)とよばれる役人が鴨川の治水対策を担当した。
札に書かれていた役職である。

ところで鴨川の東にあるこの土地は、
鎌倉時代の禹王廟(うおうびょう) にはじまる治水神の聖地であったという。
なんとこの地に治水神が祀られていたのだ。

そこで防鴨河使・中原さんはここを治水の元締とし、
その本尊として<雨止>すなわち<水を治める>地蔵を祀り、
ちゃっかり自分の名前まで寺名に忍ばせた、というわけである。

※ 中国の治水神である夏(カ)の禹王を祀る社。
禹は古代中国の伝説上の人物で、黄河の治水に成功した夏王朝の創始者。
中国では今なお禹への信仰がつづいている。


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仲源寺正面。奥に見えるのが本堂。門には「雨奇晴好」と書かれた額がかかっていた。 

洪水の危険から開放された今、鴨川は絶好のデート・スポットに姿を変えた。
夏の宵、川辺に座るアベックの大群はまさに壮観である。
今こそ暴れよ鴨川!!とは決して言うまい。

人の往来にぎやかな祇園繁華街のまんなかで、
そこだけ不気味な雰囲気を漂わせていた仲源寺は、
かつて鴨川の氾濫を鎮めた治水神・雨止地蔵を祀り、
京の人々の生活の安寧を見守る場所だったのである。

穏やかになった鴨川のそばで、
仲源寺では今でも、人と水がつりあいを取って寄り添い合っている。

後に雨止地蔵は、転じて目疾地蔵と称されるようになり、
いまは眼病治療の助けとなると信仰される。

ところで世の中には、前述の「群れをなすアベック」のように、
見えなくてよいものが溢れている。
そういえばクリスマス・イヴももうすぐそこだ。
年の暮れ、聖夜その良き日に諸人こぞりて何を祝うのか。
ぼくは何も見たくない。

目疾地蔵に治癒してもらい、すっかり調子の良くなった眼を嘆きながら、
次の謎を探そうではないか。 
                                        

                      
絵と文 川ア 貴彦 [PROFILE]   
   
   
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