2012年03月07日

【ここらあで謎解きぃゆうのはどうどっしゃろ?】 最終稿:ご愛読ありがとうございました。

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ご愛読ありがとうございました。

2011年の秋口から約半年に渡ってお届けした
「ここらあで謎解きぃゆうのはどうどっしゃろ?」ですが、
本日お礼の回をもって最終稿となります。

これは「筆者が京都に滞在している間、土地のあれこれをリポートする」
という企画でしたので、
今回ぼくが東京の大学に復学するにあたって
京都でのリポートは難しくなってしまいます。

したがってわずか数回の連載でしたが、
今日で一旦この場を離れることになりました。

今日までご愛読ありがとうございました。

ぼくは京都で、数々のファンタスティックな感動を体験しました。
それはここで書いてきた文化遺産や史実によるものだけでなく、
人との交流を通したものもそうです。

およそ机に向かうだけでは得られなかったであろう出会いや発見を得ました。
ネタ探しに追われていたとも言い換えられますが、
この一年間本当にたくさんの種類の方と接してきた気がします。

お坊さんとコンパに行った日もありました。
三条で庭師とお酒を飲みながら「借景」についてのお話を聞いたこともありました。
明朝の鴨川にはカピバラがいました。
嵐山で大好きな先輩に湯豆腐をご馳走になったこともあります。

どれも京都でなければ体験できなかったことです。
京都がくれた出会いは、特別なものばかりです。

執筆については、こうして発信の場をいただけたことで経験値を得ました。
興味関心を興味関心だけで終わらせてしまうのはもったいないと思います。
みんなが「好き」や「得意」を還元して、大勢の善意で社会がまわっていけば、
わりと豊かな世の中になるんじゃないかなと、考えるようになりました。

この場に飛びつくまで、何かを生み出そうと考えるばかりで、
したいことを形にしていくチャンスを探さずにいました。
自分に何ができて何ができないのか、どういったやりようがあるのか、
現実を思い知らされた気もします。

大変だったのは、やはり締切です。
ぼくはいい加減な性格なので、掲載当日の朝までなかなか脱稿できず、
毎週目を充血させて文章を打っていました。
それがいいことか悪いことか、正解は分かっているつもりです。

ネタも、京都コンテンツ多しと言えどもなかなか絞れず、
結局最後まで宙ぶらりんな進行になってしまいました。
構成にもまるで型というものがなく、
毎回目にしてくださった方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。

ネットに載る文章ということで、本文は所詮ナナメ読みされるものだという前提で、
少しでも気をひこうとイラストやタイトルを工夫しました。
SNSを使って集客するにも、
まるで自分で粗悪品をばらまいているかのような思いとの葛藤がありました。
その点、ウェブで戦うプロはたくましいのでしょう。
なにより彼らは本物を創っているのです。 

なぜかいつも個人ブログと勘違いされてしまう本連載ですが、
改めて説明させてもらいますと、ぼくは、東京に本拠を置く「ジャンク派」の活動に、
京都についての記事を書くというかたちで参加させていただいている次第です。

代表のチェン・スウリーさんをはじめとするジャンク派の方々は、
いつでもぼくのスタイルを尊重してくださり、
最初から最後までたいへん自由に制作させてくださいました。
甘やかされるまま月日は過ぎて、こうも一貫性のない連載になったというわけです。
真面目な回があったり、不真面目な回があったり、
文体が変わったり、画風が変わったり、すべてさぐりさぐりで進めてきました。

東京に戻った際は、どのようなかたちになるか分かりませんが、
またなにか発信していけたらと考えています。
いずれにしても運営側の方々とちゃんとお話ししてから決まることです。

最後になりましたが、今日まで「ここらあで謎解きぃゆうのはどうどっしゃろ?」を
読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
多くの方の支えがあって、企画を続けることが叶いました。
感想をくれた方、宣伝してくれた方、アイデアをくれた方、
ありがとうございました。本当に励みになりました。

川崎貴彦はすぐ戻って参ります。(何様)
罵ってもいいです。ちょっとくらい邪険に扱ってもいいです。
なるべくファンでいてくださいね。

(終)   

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絵と文 川ア 貴彦 [PROFILE]   
    
   
   

2012年02月29日

【ここらあで謎解きぃゆうのはどうどっしゃろ?】 第四回:天狗をたずねる(後編)

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鞍馬にまつわるエコヒイキ

鞍馬山のてっぺんには鞍馬寺があるが、
ここは平安京の北に位置しているため、古くから厚い信仰を集めていた。

かの坂上田村麻呂については、
奥州征討の出発前にここを訪れて建物を寄進した(!)
という記録もあるようだ。

戦いの前に立ち寄るということは、ここはいわゆるパワースポットである。

また、謡曲に「鞍馬天狗」というのがある。
そこでは牛若丸(源義経)がこの鞍馬山の大天狗の下で武芸を修めたことになっており、
そのため鞍馬駅構内には、牛若丸と天狗の修行風景を描いた絵画がいくつか飾られている。

天狗は山の奥深く、僧正ヶ谷(そうじょうがたに)というところに住まっていたため、
名前を鞍馬僧正坊(そうじょうぼう)といった。

僧正ヶ谷は鞍馬から貴船に抜ける山道で、今でも木々が鬱蒼と生い茂るところである。
行ってみると分かるが、ものすごく雰囲気がある。
ここに人知を超える存在を疑わない方がおかしな話だ。

振り返ってみると、いかにも天狗が似合う山である。(後出し感がすごい。)
ハイキング自体は、まったく辛いものではなかった。山がすさまじく高いわけでもない。
しかし地表にむきだしになった木々の根は、血走るように盛り上がって山肌を覆い、
山のそこここに大岩もある。

これを見れば「鞍馬山には天狗がいるぞ」というはなしになるのも頷ける。 

ここまでいいように書かれては、鞍馬山も天狗になるかもしれないが。

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(補遺)天狗の2つの顔

『今昔物語』では、天狗は外来モンスターであるという立場から、
天狗の使命を「仏法弘布の妨害」だとしているようだ。

あるとき天竺から中国に流れる水が「諸行無常、是生滅亡・・・」と
『涅槃経』の一節を唱えていた。
「仏法弘布の妨害」を使命とする天狗としては、
川の水なんぞにお経を唱えられてしまったのでは格好がつかない。
そこで流れの源をつきとめんとしていたところ、
いつのまにやら日本(比叡山)に着いてしまった、という。

一方、広く知られているのは『源平盛衰記』にみられる
「人間は傲慢になると天狗になる」という説で、
ここから「うぬぼれること」を「天狗になる」と表現するようになった。

道心のないことから、天狗は見放された存在として語られ、
江戸後期の国学者・平田篤胤も、
天狗は「現世で知識のみ追い求め、精神的な鍛錬を怠った者の姿」であるとしている。

とするとここで天狗の使命とは、
「自分の持てる知識を他の誰かに授けること」になるのではないだろうか。
増えすぎた知識量のために天狗となってしまったのなら、それを減らすしかない。
だとすれば天狗が義経に武芸を教えたり、
山に迷い込んだ者に語りかけるというエピソードにも納得がいく。

そういえばぼくがまだ小さかったころ、夏休みに田舎の祖父母宅に泊まりにいき、
「川へ遊びに行く」と言えば「今日はお盆だから地獄の釜が開くよ、河童が出るよ」と止められて、
川底から河童に足を引っ張られる自分を想像して怯えていた。

こんな具合に、日本では当たり前に「川には河童が、山には天狗が」いるとされている。
あの頃は体が小さかったということもあるのかもしれないが、ときどき川や山が恐かった。
異常に深く、暗く、広く感じることがあった。
こどもが化け物の存在を信じてしまうには充分すぎる。

こうした自然観は日本特有のもので、一般にはアニミズムなどと呼ばれる。
天狗もまた、山に宿る霊魂が人格的存在として扱われた例ではないだろうか。 
   
   
                         
絵と文 川ア 貴彦 [PROFILE]   
    
   
   
参考
奈良本辰也ほか『京都百話』1985、角川選書
奈良本辰也『史都散策 京』1989、河合出版